旦那の浮気で離婚したい人は多いと思うが、現実は厳しい。
34歳の専業主婦です。
地方都市に住む私のおばあちゃんが生前話していたのですが、昔は一度嫁いだら二度と家に戻るな、という態度で家から追い出されたようです。
離婚してから家に戻っても受け入れてくれないというか。世間体重視だったようです。
そういうのも厳しいなあと思いました。
祖父は暴力男で仕事も長続きせず、結婚生活においては祖母が働いて家計を支えていたような話を聞いたことがあります。
問題なのは、父がそのような家庭で育ったために心がゆがんでしまい、若干モラハラ気質になってしまったことです。
幼少期は私達も苦労しました。
父は祖父を嫌っており、あからさまに嫌がらせをしていました。
孫である私は意味がわかりませんでした。日頃から、父の機嫌を伺わねばならない家庭で、地獄のようでした。
今はどうでしょう。離婚は増えてきています。
でも、なんで離婚しないの?という境遇で耐えているような人もいます。
なんで離婚しないんだろう。世間体なの?私は不思議でたまりません。
私も結婚しましたが、夫は真面目に仕事もするし、浮気もない、子供も好きだと言っています。
大学生の頃、工場でオバサンに紛れてアルバイトをしていたのですが、いろいろな人がいました。
バツが付いている人、暴力に耐えながら生きている人、普通の主婦。はっきり言って、一番つらそうな人は暴力に耐えながら生きてる人です。
結婚してから、金銭面での問題が出てくるともう逃げ場がないような気がしました。
仕事も人間関係がきついです。迂闊なことを言うといじめの対象になったりしていました。
私の場合は、嫌だったら辞めようと思っていました。中には生活苦の恨みごとを延々と話しているようなオバサンもいました。
お前はまだ若いのに頑張ってるね、など。あからさまに嫌がらせをしてくる人もいましたが、心が捻れてしまってる人でした。
どういう苦労をしたらここまで性根が歪むのだろうと不思議に思いました。
近寄るだけで運気が下がるような感じです。
また、同情してしまうのが顔に痣を作っている女性です。殴られたのではないかと思います。
目の周りだけが不自然に黒いので、なんで?という印象でした。
開け持ちで風俗で仕事をしている女性もいました。
世の中は恐ろしいところだと思いました。すぐ、嫌なら離婚すればという人もいますが、そういうのは実家がお金を持っている場合に限るのではないかなと思ってしまいました。
家が貧困家庭だったり、毒親家庭だったりすると、逃げ場はないと思います。
恵まれた家庭で育っていれば、実家に戻って再起を図ることもできそうですが、そうでない場合はかなり難しいと思いました。
私も、実家が毒親なので夫との間にトラブルがあったら我慢する立場になるかもしれません。
幸いにも夫が温厚な人格者なので問題はありませんが。
いつでも帰っておいでという実家でない場合に浮気とかされたら、一寸先は闇、という感じがします。
最後の手段として寝室にボイスレコーダーを仕込みました。
夫の浮気を疑った一介の平凡な主婦にできることなんて限られています。
探偵事務所だとか、盗聴だとか、浮気の証拠を掴んでから裁判に持っていって、相手の女にも賠償金をもらって、円満に離婚して新しい人生を進めた人のエピソードを読みましたが、そもそも専業主婦である私には探偵事務所に支払えるお金などなく、携帯を確認してデータを移しておくと言われても夫の携帯にはロックがかかっていて、簡単に見ることすら叶いませんし、それを解除する術すら思い付きません。
それでも浮気の証拠を掴むために、私は6時間録音ができるボイスレコーダーをベッドのわからない場所に、夫が帰宅する直前にオンにして置いておき、翌朝までの会話を毎日確認することにしました。
夫が寝室を別にしたいと言ったのは結婚してまだ一年の時でした。仕事から帰宅して起こしたくないという思いやりからだと思っていましたが、深夜に帰宅しているのに寝室から電話で話している声、笑い声が聞こえたり、休日に着信があったらなぜか音量を下げて無視するなどがあり、不安でしょうがなくなりました。
私たちは同じ年で33歳の時に結婚しました。高校の同窓会で再会してから付き合い始めたんです。
でも、結婚後に不安が重なり、私なりにボイスレコーダーからわかったことは、同じく同窓会で再会してから親交のある女性がいるということでした。
私とは結婚に至りましたが、その女性とは二股を経ての不倫関係なんだと思います。
ただ、楽しそうに会話をしているのですが、あまり精度がよくなくて聞き取れないところもこもるところもあって、なかなか相手の名前など決定的なことがわかりません。
これじゃあただ仲のよい友達と話していたと言われたら終わりです。
でもある日、酔って帰って来た彼が、甘えた声で言ったのは、私の友人の名前でした。式にも来てくれた、わりとよく会っているA子の高校のときのあだなでした。
はっきりと、その彼女にしか通用しないそのあだ名を発して、ゆっくり旅行にでもいきたいね、と言ったんです。これは決定的だと思った私は、そこを保存して、何かの時に決定打になるようにしています。
それからも、そういうつい出てしまっている素の会話をため続けて、我慢が限界になったときに、全部を夫の目の前で流しました。
友達のことも呼んで話し合いを持ちたいと言っているのですが、A子は私の電話に出なくなり、夫は逃げるように早朝から深夜まで仕事にでています。
ただでは済まない、絶対に許さない、どちらかというと、A子に対しての怒りの方が強いです。